06日 5月 2023 空 禅と空 身体性に囚われてしまって、それ自体、モノ自体を忘れてしまう。 あわいのようなもの 芭蕉俳句の謎に迫るのもここからであろうか。 かろみの芸術というもの。 謎が謎のままとしてあり、それを解明しないという粋な計らいが、文学の基盤としてあって、其の背景を探るというりも辿っていくことによって、僕らは互いを知り合うということがあるとして、それは文学の歴史も越境するだろう。 仏教、禅はどのような歴史を伴って文学と紐づいてきたか。 町田康が古事記の新訳を出したらしいが、如何 tagPlaceholderカテゴリ: